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東京地方裁判所 平成9年(ワ)26400号 判決 1999年3月31日

主文

一  被告は、原告に対し、金一億八二二〇万五一二二円及びこれに対する平成九年一二月一九日から支払済みまで年一割四分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告は、原告及び株式会社力丸観光(以下「力丸」という。)の間で昭和六三年一二月二七日に別紙物件目録六<略>の建物(以下「本件建物」という。)について代金を九億六五八五万円として締結された売買契約に基づく原告の力丸に対する債務のうちの二億三六八五万円につき、原告に対して、右同日、連帯保証したとして、被告に対し、右連帯保証契約に基づき、右売買代金から既払額を控除した残額九億一一二〇万五一二二円のうち、被告が連帯保証した右限度額から右既払額を控除した一億八二二〇万五一二二円及びこれに対する弁済期の経過後であり、訴状送達の日の翌日である平成九年一二月一九日から支払済みまで約定の年一割四分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告及び力丸は、昭和六三年一二月二七日、原告が本件建物を建築し、これを次の約定により力丸に対して売り渡す旨の売買契約を締結した(争いのない事実)(以下「本件売買契約」という。)。

(一) 売買代金

九億六五八五万円

(二) 支払方法

平成元年一〇月から、毎月六日限り、第一回から第三回までは一か月二〇〇万円あて、第四回から第二四〇回までは一か月四〇五万円あて、二四〇回に分割して支払う。

(三) 期限の利益の喪失

力丸が右(二)の分割金の支払を怠った場合において、原告が三〇日の期間を定めて書面により支払を催告したにもかかわらず支払をしなかったときは、右期間の満了をもって期限の利益を喪失する。

(四) 遅延損害金

年一割四分

(五) 担保

力丸及び原告は、本件売買契約に基づく力丸の原告に対する債務(以下「本件債務」という。)を担保するため、建築予定の本件建物を含めた力丸が所有する別紙物件目録<略>の不動産(以下「本件担保物件」という。)について代物弁済予約をすることに合意し、力丸が本件債務の履行を怠ったときは、原告の予約完結の意思表示によって、その所有権は力丸から原告に移転することとする。

2  被告は、原告に対し、昭和六三年一二月二七日、本件債務のうち、前記1(二)の第一回から第六〇回までの分の分割金に相当する金額(合計二億三六八五万円)について、連帯保証した(争いのない事実)。

3  原告は、平成元年八月二四日ころ、本件建物を建築して完成させ、力丸に対し、同年九月五日、これを引き渡した(甲五、乙九)。

4  原告は、力丸から、前記1(五)の約定に基づき、福岡法務局直方支局平成元年九月二八日受付第一三三三八号をもって、本件担保物件について、同月二一日代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を得た(争いのない事実)(以下、右仮登記を具備した前記1(五)の約定に基づく原告の権利を「本件仮登記担保権」という。)。

5  力丸は、前記1(五)の分割金の支払を遅滞し、平成七年一月二〇日までに、五四六四万四八七八円を支払ったに過ぎず、右同日の時点において、合計一億九八四〇万五一二二円の分割金が未払であったので、原告は、力丸に対し、同月二二日、書面により、右未払額の金銭を三〇日以内に支払うよう催告したが、力丸は、右期限内に支払をしなかったので、期限の利益を喪失した<証拠略>。

6  力丸は、平成三年一月以降、前記1(五)の分割金の支払を怠るようになり、もって本件債務の弁済を遅滞した(争いのない事実)。

7  本件売買契約で定められた代金額は、代金が完済されるまでの利息に相当する金額を含むものである上、本件仮登記担保権には、仮登記担保法の適用があるので、原告が、代物弁済予約の完結の意思表示を行った時点における時価と、その時点における原告の力丸に対する本件売買契約の代金の残額から未経過利息を控除した金額とを比較し、前者が後者を上回る場合、原告は、力丸に対して、清算金の支払義務を負担するという関係にあった(争いのない事実)。

8(一)  本件担保物件の価値は、平成三年一月の時点においては五億一〇〇〇万円であった。他方、原告の力丸に対する債権は、右時点においては、本件売買契約の代金総額から既払額及び未経過利息を控除すると、五億円を下回っていた(争いのない事実)。

(二)  本件担保物件の価値は、現時点においては、力丸が本件建物においてホテルの営業を行っていないという事情もあって、二億四七五〇万円となった。他方、原告の力丸に対する債権は、現時点においては、平成一〇年末までに弁済期が到来した未払の分割金を合計しただけでも、五億七一〇〇万五一二二円であり、実際にはそれ以上である(争いのない事実)。

二  争点

原告に担保保存義務違反が認められるか。仮に認められる場合には、被告が免責を受ける金額はいくらか。

1  被告の主張

(一) 被告は、前記一2のとおり、本件債務のうち、第一回から第六〇回までの分の分割金に相当する金額についての債務を連帯保証したに過ぎず、代物弁済予約上の権利は、一部弁済によっても移転しないから、原告に対して連帯保証債務を弁済しても、自ら本件仮登記担保権を実行することはできず、その結果、本件担保物件によって、連帯保証債務として弁済した金銭を回収することはできず、債務の全部の連帯保証人と異なって、原告が仮登記担保権を実行するのを待つしか方法がなかった。

(二) 平成三年一月の時点における本件担保物件の価値及び原告の力丸に対する債権額は前記一8(一)のとおりであったから、仮に、原告が、右の時点において、仮登記担保権を実行していれば、被告は、それ以前に連帯保証債務の弁済をしていた場合に、その弁済金の全額の返還を受けることができた。

しかし、現時点における本件担保物件の価値及び原告の力丸に対する債権額は前記一8(二)のとおりであるから、被告が連帯保証債務の弁済をしても、本件担保物件から回収することができる金銭は皆無である。

(三) 担保権の実行時期は、原則として、債権者が自由に決めるべきものであるが、担保物件の価値が下落傾向にあるのを認識しながら、故意又は過失によって、いつまでも担保権を実行しないことは、連帯保証人との関係においては、担保保存義務違反となる。

本件においては、力丸が本件債務の弁済を遅滞した平成三年一月は、いわゆるバブルの崩壊後であり、不動産の価格は一般的に大幅な値下がり傾向にあった。また、本件担保物件の中心となるのは本件建物であるが、建物である以上、時間の経過とともに陳腐化し、担保価値が減少していくことは明らかであるし、本件建物で行われていたホテルの営業が停止されれば、建物が荒廃して大幅に担保価値が下落することは明らかである上、右営業は、これが開始された当初から、停止せざるを得ない状態にあった。したがって、原告は、本件担保物件の価値が下落傾向にあることを認識していた。

(四) しかし、原告は、本件建物においてホテルの営業を行う意思及び能力がなかったため、遅くとも平成三年一月ころには、原告も主張するように、自ら本件仮登記担保権を実行するのではなく、本件担保物件を利用してホテルの営業を行う第三者が現われれば、本件仮登記担保権を実行して当該第三者に売却するか、力丸と第三者との間の売買契約に基づいて支払われる代金を、原告が本件債務の一部弁済として受領することによって、本件仮登記担保権を解除するという方針を採ることにし、もって、本件仮登記担保権を実行する意思を喪失した。すなわち、右の時点においては、原告には、ホテルの営業のノウハウを獲得しようとする意思がなくなったといわざるを得ず、その後も、原告において、本件仮登記担保権を実行し、本件担保物件の所有権を取得することはあり得ないから、結局、原告は、仮登記担保権の実行の意思を喪失したものといわざるを得ない。

その結果、原告は、本件担保物件が時間の経過とともに劣化していくのを放置し、その担保価値の全てを喪失させた。

このように、原告には、本件仮登記担保権の実行の意思を喪失したことにより、被告が本件担保物件から償還を受けることを不可能にした過失がある。

(五) 本件仮登記担保権は、帰属清算型のものであり、原告において、代物弁済予約の完結の意思表示さえすれば、直ちにその実行が完了するものであった。したがって、原告が、力丸において本件債務の弁済を遅滞しているにもかかわらず、原告が主張するような、「仮登記担保権を実行してその所有権を取得するわけにはいかない。」という態度を採ること自体が、原告の故意又は過失を構成する。原告は、自らホテルの営業を行うノウハウを有しないので、その営業を原告が行うことを前提に、本件仮登記担保権を実行し、本件担保物件の所有権を取得するわけにはいかないというが、本件担保物件は不動産であり、その価値の移転だけが問題になるのであって、営業のノウハウが移転しないのは、これが担保の目的となっていないからであるに過ぎない。原告がホテルの営業のノウハウを有していないということは、原告が本件仮登記担保権を取得した当初からあった問題であり、力丸が本件債務の弁済を遅滞してから問題とすべきものではない。したがって、右のような理由により、仮登記担保権を実行しないこと自体が、故意又は過失を構成する。

(六) また、原告は、本件担保物件を利用してホテルの営業を行う第三者が現われれば、本件仮登記担保権を実行して当該第三者に売却するか、力丸と第三者との間の売買契約に基づいて支払われる代金を、原告が本件債務の一部弁済として受領することによって、本件仮登記担保権を解除するという方針を採ってきたと主張するが、これは、帰属清算型の仮登記担保権としての本件仮登記担保権を放棄したことを自ら認めるものであり、本件担保物件の全部の喪失と同様に評価すべきである。

(七) 仮に、原告が主張するように、ホテルの営業を行う第三者が現われて、初めて、原告が本件仮登記担保権を実行するということが許されるとしても、原告には次のとおり故意又は過失がある。

すなわち、力丸は、平成元年九月にホテルの営業を開始した当初から、本件建物を売却しようとしたのに対し、力丸が本件債務の弁済を遅滞した平成三年一月よりも前においても、本件担保物件の買受けを希望する多数の申出があった。特に、平成二年九月八日には、一二億円で同月二〇日過ぎに契約するという話がありながら、原告は、平成二年一〇月に支払われるべき分割金四〇五万円の支払のために振り出された約束手形について、力丸からの要請を受け入れ、平成三年一月を期日とする約束手形に書き換えることを承諾した。このように、原告は、平成二年一〇月の時点において、本件担保物件を処分し、債権を回収する機会を有しながら、これを逸している。

また、平成三年一月以降も、本件担保物件の買受けを希望する多数の申出があり、合意に至る可能性も十分にあったし、原告は、担保権者として、本件仮登記担保権を実行して本件担保物件の所有権を取得し、第三者に売却することができたにもかかわらず、例えば、平成三年六月一七日に、力丸が小山遊園地のオーナーからの買受けの申出を断ることを放置し、さらに、力丸が高い売値をつけることを放置するなど、担保権者として主体的に行動せず、本件担保物件を処分し、力丸に対する債権の全額を回収する機会を逸したものである。

さらに、原告が全く主体性のない担保権者であったため、力丸は、平成三年六月一七日以降、事件屋の介入を許すことになったところ、その時点において、本件担保物件の価値が減少していく蓋然性が高いことは認識することができたはずであるから、原告は、その時点において、本件仮登記担保権を実行すべきであったにもかかわらず、原告は、本件仮登記担保権を実行せず、担保権者として本件担保物件を購入する第三者を探す努力もしなかった。

その他、原告は、力丸に対し、平成三年七月には、追加担保及び追加保証人を提供するように要求し、力丸から約定に反してこれを拒否されたにもかかわらず、原告は、本件仮登記担保権を実行せず、本件担保物件を購入する第三者を探す努力もしなかったし、事件屋が力丸の実権を掌握した平成三年一一月以降においても、本件仮登記担保権を実行すれば、容易に事件屋を排除することができ、また、事件屋を排除しなければ本件担保物件を処分することが困難であったにもかかわらず、原告は、事件屋の排除については、力丸の担当者らに任せたままにし、何らの努力もしなかった。その結果、力丸は、事件屋が乱発した約束手形が不渡りとなって、平成四年四月に倒産し、それ以後、本件担保物件の価値は著しく減少したが、このような価値の著しい減少の原因は、それまでの間、原告において、ホテルの営業を行う第三者が現われて、初めて、本件仮登記担保権を実行することを前提に、本件担保物件の買受けを希望していた多数の者に対して主体的に働きかけず、その結果、本件担保権の実行の機会を逃した原告にある。

したがって、原告に担保保存義務違反が認められることは明らかである。

(八) 原告の担保保存義務違反によって被告が免責される範囲は、客観的に見て、担保権を実行すべきであった時期、あるいは、担保権を実行し、又は実行し得べかりし時期を基準として定めるべきところ、本件においては、原告が力丸の要請に応じて平成二年一〇月を期日とする約束手形の書替えに応じた後、力丸において再度その支払を遅滞した平成三年一月を基準とすべきである。本件担保物件の価値が減少傾向にあった一方で、本件債務は増加傾向にあったのであるから、右時期よりも後を基準にすることは許されない。

平成三年一月の時点における本件担保物件の価値及び原告の力丸に対する債権額は、前記一8(一)のとおりであり、右の時点において、原告が、本件仮登記担保権を実行していれば、力丸の原告に対する債務は全て消滅し、その結果、被告の債務は、主債務の消滅によって、消滅していたはずである。すなわち、被告の負担すべき債務は、平成三年一月の時点においてはゼロであった。

しかし、現時点における本件担保物件の価値及び原告の力丸に対する債権額は、前記一8(二)のとおりであり、被告は、現時点においては、本件担保物件から償還を受けることのできる金銭は全くない。

したがって、被告は、本訴請求金額の全額について、免責を得たことになる。

2  原告の主張

(一) 原告が、本件債務について有している担保権は、仮登記担保権であり、被告はそのことを承知の上で、本件債務の一部を連帯保証した。仮登記担保権を被告が然るべき時期に行使することができたのであれば連帯保証債務の弁済後にこの担保権に基づいて求償債権を全額回収することができたという関係にあったというのであれば、被告は、一部保証の約定にかかわらず、全額を弁済すればよかったのである。したがって、一部保証の問題と、仮登記担保権に対する代位の問題は、担保保存義務の問題とは関係がない。

(二) 原告が、現時点に至るまで、本件仮登記担保権を実行していないことは事実であるが、遅くとも平成三年一月ころまでに、本件仮登記担保権を実行する意思を喪失したことはないし、原告には担保保存義務違反もない。

経済界の変動による担保物件の価値の減少が、故意又は過失による担保の減少として担保保存義務違反を構成するというためには、特別の事情が必要である。また、担保権者は、担保を行使する義務を負うものではないし、法定代位者はいつでも代位することができることから、債権者が担保権の実行を躊躇していることが取引界の実情から見て信義則に反するほど著しく失当である場合であって、初めて、担保権者に担保保存義務違反の問題が生じるというべきである。しかし、原告には、右のような事情は存しない。

原告が本件仮登記担保権を実行しなかったのは、原告は、自らホテルの営業を行うノウハウを有しないので、その営業を原告が行うことを前提に、仮登記担保権を実行し、本件担保物件の所有権を取得するわけにはいかなかったからである。そこで、原告としては、平成三年一月ころ以降、本件担保物件を利用してホテルの営業を行う第三者が現われれば、本件仮登記担保権を実行して当該第三者に本件担保物件を売却するか、力丸と第三者との間の売買契約に基づいて支払われる代金を、原告が本件債務の一部弁済として受領することによって、本件仮登記担保権を解除するという方針を採ってきたものである。力丸及び被告は、原告の右方針を十分に承知して、今日まで何度も本件担保物件の売却の話を進めていたが、力丸又は被告が申し出た代金が高すぎるなどの理由により、最終的な合意には至らなかった。

被告の主張に従えば、結局のところ、力丸が本件債務の弁済を遅滞すれば、原告は直ちに本件仮登記担保権を実行しなければならないことになり、到底承服することができない。

(三) 被告が主張する事実関係についても、原告は、平成三年一月ころの時点において、力丸が本件建物で行っているホテルの営業が困難であるという認識はあったが、経営が改善するのではないかとの期待もあり、力丸が継続的に赤字の状態にあるとの認識や、力丸がいずれ右営業を止めてしまうという認識はなかった。

また、原告が、平成二年一〇月に支払われるべき分割金四〇五万円の支払のために振り出された約束手形について、力丸からの要請を受け入れ、平成三年一月を期日とする約束手形に書き換えることを承諾したこと、及び原告が、力丸に対し、平成三年七月、件外物件を追加担保として要求するとともに、力丸の新しい経営者に対して追加の保証人になるよう要求したのに対し、力丸がこれを拒否したことは認める。しかし、平成三年一月よりも前に本件担保物件の買受けを希望する多数の申出があったとの点については、そのような話があったことは認めるものの、それらがどの程度具体的な話であったのかということは知らない。また、小山遊園地のオーナーからの本件担保物件の買受けの申出については、具体的にどのような話であったのかは知らない。また、原告は、挨拶状(甲二三)が来た平成四年五月ころに、力丸の内部において経営権を巡って紛争があり、裁判になっていたという話は聞いたが、事件屋の介入などをはじめ、被告が主張するような詳しい事情は知らなかった。

(四) 本件仮登記担保権が帰属清算型のものであることは否定しないが、そうであるからといって、第三者に本件担保物件を売却するのと引換えに、清算をすることが否定されるわけではない。したがって、原告の有する仮登記担保権が帰属清算型かどうかということは、担保保存義務違反の成否とは関係がない。

被告は、原告が右のような方針を採ったことを非難するが、本件売買契約が締結された当時は、原告においては、どのような状況の下で代物弁済予約の完結の意思表示をするかということについて、具体的な方針を持っていたわけではなく、原告としては、平成三年一月ころから、力丸が本件担保物件を第三者に売却する方針を有していたことから、これに協力する形で本件代金債権の回収を図るという方針を採ることにしたのであり、原告がこのような方針を採ったことが、本件売買契約における代物弁済予約の趣旨や、本件仮登記担保権の趣旨に反するものではない。

(五) さらに、仮に原告に担保保存義務違反があるとしても、免責の範囲は、本件担保物件の担保価額の下落が確定的になった時期を基準として、その金額を決定すべきことは当然である。

本件担保物件の評価の主要部分は本件建物であり、建物は、減価償却によって毎年評価価値を下げていく性質のものであるが、本件建物の価値が下落した大きな要因は、力丸が平成六年九月にホテルの営業を廃止したことによるものであって、経済情勢の変動によるものではない。

第三  争点に対する判断

一  まず、被告の主張を検討する前提として、原告が、被告に対し、民法五〇四条の担保保存義務を負っているのかどうかについて検討する。

民法五〇四条の立法趣旨は、法定代位権者の代位に対する期待の保護にあると解されるところ、被告は、前記第二の一2のとおり、本件債務の連帯保証人であるから、法定代位権者であることは明らかであるし、本件仮登記担保権の原因となる法律関係は、原告及び力丸の間の本件売買契約に基づく本件担保物件についての代物弁済予約の合意であるが、代物弁済予約上の権利は、民法五〇一条本文の「債権ノ担保トシテ債権者カ有セシ権利」に当たり、同条による代位の目的となると解すべきである(最高裁昭和四〇年(オ)第一三四〇号同四一年一一月一八日第二小法廷判決・民集二〇巻九号一八六一頁)から、本件仮登記担保権も、民法五〇四条にいう「担保」に当たるものと解される。

しかしながら、被告は、本件債務の全体ではなく、その一部についての連帯保証人であることも、前記第二の一2のとおりであるから、被告が法定代位権者として、原告に対して弁済することができるのは、本件債務の一部である。一方、代物弁済予約上の権利と一部弁済との関係について見れば、代物弁済とは、特定の債権額の全体につき、一括して特定物をもって弁済とする旨の約定であると解すべきであるから、通常は、債務の一部について代位弁済があれば、弁済者が弁済額に応じて債権者と権利を分け持つこととなる(民法五〇二条)のに対し、弁済者が債務の一部についてしか代位弁済をしないときは、弁済者は、代物弁済予約上の権利を取得することはできないといわなければならない。したがって、本件において、被告は、そもそも法定代位権者として代位に対する期待を持つことはできない立場にあったというほかはない。なお、この点は、被告も自ら自認するところでもある。

そうすると、民法五〇四条の立法趣旨が、法定代位権者の代位に対する期待の保護であることは、前記判示のとおりであるから、本件において、原告が、被告に対し、民法五〇四条に基づいて担保保存義務を負うとの被告の主張は、その理論的根拠自体、極めて疑問であるというほかはない。したがって、被告の主張は失当である。

この点、被告は、原告が、力丸において本件債務の弁済を遅滞した平成三年一月の時点において、本件仮登記担保権を実行していれば、右の時点においては、本件担保物件の価値は本件債務の金額を上回っていたので、被告がそれ以前に連帯保証債務を履行していれば、その弁済額の全額の償還を受けることができたと主張するところ、その趣旨は必ずしも明らかではない。しかし、右の主張が、仮に、右のような場合には、被告が、原告に対し、直接、連帯保証債務を弁済した金額の返還を請求することができるというものであるとすると、たとえ、被告が、原告に対し、平成三年一月の時点までに、連帯保証債務を弁済し、原告が、右の時点において、本件仮登記担保権を実行したとしても、被告の連帯保証債務の弁済によって、本件債務はその限度において減額されるとともに、被告は、力丸に対して、民法四五九条に基づき、求償権を取得することになる一方で、本件仮登記担保権の実行に伴い、原告は、本件担保物件の所有者である力丸に対し、本件担保物件の価額と右減額後の本件債務との差額を、清算金として支払う義務を負うことになるのであり、右のような場合に、被告が、原告に対し、直接、連帯保証債務の弁済額の支払を受けることができるわけではないから、被告の右主張は前提を欠くものであるし、民法五〇四条が、原告において力丸に対し清算金の支払をすることによって、力丸が被告に対して求償債務を履行することができるようになるというような被告の期待を保護するものであると解することもできない。したがって、被告の右主張は失当である。

あるいは、被告は、原告が、力丸において本件債務の弁済を遅滞した平成三年一月の時点において、本件仮登記担保権を実行していれば、本件債務は全て消滅していたのであるから、被告の連帯保証債務も消滅していたと主張しているのかもしれないが、民法五〇四条が、右のような被告の期待を保護するものであると解することもできず、そのような主張も失当であるというほかはない。

二  仮に、原告が、被告に対し、民法五〇四条の担保保存義務を負っていると解するとしても、原告が、平成三年一月以降現在に至るまで、本件仮登記担保権を実行しなかったことは当事者間に争いがなく、本件建物の現時点における価値が前記第二の8(二)のとおりであるとはいえ、<証拠略>によれば、力丸は、原告に対し、平成二年九月ころに、本件債務の弁済のために振り出された約束手形の書換えを求めた後、平成三年一月ころには、本件建物又は本件建物におけるホテルの営業を第三者に対して売却することを検討中であるとして、同じく約束手形の書換えを求めたこと、力丸は、原告に対し、その後の平成三年七月ころには、営業努力による会社の再建計画を送付していたこと、一方、原告は、被告に対し、平成四年一月ころから同年六月ころまで、ほぼ毎月のように、本件債務についての連帯保証契約の履行を求めたところ、被告は、原告に対し、反論はしたものの、本件仮登記担保権の実行を求めたことはなかったこと、被告の代表者である佐々木悟は、平成四年五月ころ、力丸の代表取締役に就任した上、原告に対し、同年六月ころから平成五年九月二四日ころまでの間、当初は力丸の経営を再建するとして、その後は本件建物又は本件建物におけるホテルの営業を第三者に対して売却するとして、四回にわたり、本件債務の弁済の猶予を求めたことがそれぞれ認められるほか、原告は、ホテルの営業を行うノウハウを有しなかったことから、原告としては、被告からの右のような求めを受けて、平成三年一月ころ以降、本件担保物件を利用してホテルの営業を行う第三者が現われれば、本件仮登記担保権を実行して当該第三者に本件担保物件を売却するか、力丸と第三者との間の売買契約に基づいて支払われる代金を、原告が本件債務の一部弁済として受領することによって、本件仮登記担保権を解除するという方針を採ってきたこと、本件建物では現時点においてはホテルの営業が行われていないところ、前記第二の8(二)の本件建物の価値は、経年劣化のみならず、右のような事実を考慮した金額であることがそれぞれ認められることを総合すると、本件においては、原告が、平成三年一月以降現在に至るまで、本件仮登記担保権を実行しなかったことが、被告に対する関係で、担保保存義務違反を更正すると解することはできない。

この点、被告は、右認定のとおり、原告が、平成三年一月ころ以降、本件担保物件を利用してホテルの営業を行う第三者が現われれば、本件仮登記担保権を実行して当該第三者に本件担保物件を売却するか、力丸と第三者との間の売買契約に基づいて支払われる代金を、原告が本件債務の一部弁済として受領することによって、本件仮登記担保権を解除するという方針を採ってきたことをもって、本件仮登記担保権を実行する意思を放棄し、又は本件仮登記担保権を放棄したものであると主張するが、原告が右のような方針を採ってきたことをもって、直ちに原告が本件仮登記担保権を実行する意思を放棄し、又は本件仮登記担保権を放棄したものであると認めることはできないから、被告の右主張は失当である。

また、被告は、本件仮登記担保権は帰属清算型のものであったにもかかわらず、原告が右のような方針を採ってきたこと自体が担保保存義務違反に当たると主張し、その趣旨は必ずしも明らかではないが、要は、本件仮登記担保権は、原告において予約完結の意思表示をすれば実行することができるものであるにもかかわらず、本件担保物件を利用してホテルの営業を行う第三者が現われるまでこれを実行しないとの方針を採ってきたことが担保保存義務違反に当たるという主張であると解されるところ、前記のとおり、力丸が、原告に対し、平成三年一月ころから、本件建物又は本件建物におけるホテルの営業を第三者に対して売却することを検討中であるとして、本件債務の弁済の猶予を求めたこと、及び原告は、ホテルの営業を行うノウハウを有しなかったことを考慮すると、仮に、原告が本件担保物件の価値が下落傾向にあることを認識していたとしても、原告が右のような方針を採ってきたことが、担保保存義務違反を構成すると解することはできない。

さらに、被告は、原告が、力丸において本件債務の弁済を遅滞した平成三年一月の前後に、本件担保物件の買受けを希望する者が多数いたにもかかわらず、本件仮登記担保権を実行せず、本件債務の支払のために振り出された約束手形の書換えに応じ、又は積極的に本件担保物件の第三者に対する売却を可能にするための行動をしなかったことが担保保存義務違反に当たると主張するが、仮に、被告が主張するように、平成三年一月の前後に、本件担保物件の買受けを希望する者が多数いたとしても、前記認定の事実によれば、その当時、力丸において、本件担保物件を第三者に売却することなく、経営を再建するという方針を放棄していたことは認められない上、本件債務の債権者であり、本件仮登記担保権の権利者であった原告が、積極的に本件担保物件の第三者に対する売却を可能にするための行動をしなかったこと自体が、担保保存義務違反を構成するとは到底解することはできない。

その他、被告は、力丸が、平成三年六月一七日以降、いわゆる事件屋の介入を許すことになったという事実を前提に、右の事件屋の介入の原因が原告にあり、また、原告は、右の事件屋の介入の時点で、本件仮登記担保権を実行すべきであったと主張するが、仮に、被告が主張するように、平成三年六月一七日以降、力丸に事件屋が介入したことが認められるとしても、その原因が原告にあったことを認めるに足りる証拠はない上、そのことから直ちに、原告が、被告に対する関係で、本件仮登記担保権を実行する義務を有していたと解することはできない。また、被告は、原告が、力丸に対して平成三年七月に追加担保及び追加保証人を提供するように要求し、力丸から約定に反してこれを拒否されたという事実を前提に、原告が、それにもかかわらず、その時点においても、本件仮登記担保権を実行せず、本件担保物件を購入する第三者を探す努力もしなかったことが担保保存義務違反に当たり、また、事件屋が、平成三年一一月以降、力丸の実権を掌握したという事実を前提に、原告が、その時点において、本件仮登記担保権を実行すれば容易に事件屋を排除することができ、事件屋を排除しなければ本件担保物件を処分することが困難であったにもかかわらず、事件屋の排除について力丸に任せたままにし、何らの努力もしなかったことが担保保存義務違反に当たると主張する。しかし、原告が、力丸に対し、平成三年七月に、追加担保及び追加保証人を提供するように要求したのに対し、力丸がこれを拒否したことは当事者間に争いがないものの、そのことから直ちに、原告が、被告に対する関係で、本件仮登記担保権を実行する義務を有していたと解することもできないし、仮にその他の右の前提とされた事実が認められるとしても、原告が本件担保物件を購入する第三者を探す努力をしなかったこと自体が、担保保存義務違反を構成するとは到底解することはできず、そのことから直ちに、原告が、被告に対する関係で、本件仮登記担保権を実行する義務を有していたと解することもできない。

したがって、原告に担保保存義務違反があるとの被告の主張は理由がない。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(別紙)物件目録<略>

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